電子楽器の可能性
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ベヒシュタインの音を愛する近藤さんならではの観点から、そのピアノ性能に対する評価をお伺いしました。
CELVIANO Grand Hybrid(以下GH)を弾いてみて、どう思われましたか。
とても魅力あふれるピアノだと思いました。弱音から最弱音までの段階が非常に多く、それは音色の多さにも繋がるので、色々なニュアンスや色彩、雰囲気、立体感、空気感が生まれてきて、非常に繊細な表現が可能になっています。
カシオさんがGHの開発でコラボしたベヒシュタインは特に音の立ち上がりが良いことが魅力で、弱音を上手にコントロールすることで色彩豊かな演奏が可能になりますが、GHも同様です。そうしたポイントをしっかり押さえてつくられていると思います。
さらに、音の立ち上がりが良いことで旋律が重なった時にそれぞれの声部の音が独立して聞こえるため、楽曲のテクスチャー、いわゆる空気感を自らの演奏で精密に再現して描き出すことができます。
そしてもう一つ、忘れてはならないのがGHの鍵盤が可能にする自然なタッチです。木の鍵盤だからということもあるのでしょうが、音が出る瞬間、つまり弦をハンマーが打つ瞬間を点で感じることができます。非常にピアノ的といえるあの感触を演奏時に指で感じられるのは、GHならではだと思います。
カシオの楽器開発に対する姿勢についてどんな印象をお持ちですか。
GHにおける開発の最終段階にあった時期でしょうか。カシオさんの羽村技術センターに伺わせていただいたことがあります。その際にみなさんの仕事ぶりを拝見して感じたのは、精密機器を扱う会社らしい緻密さへの徹底したこだわりです。訪問時、アコースティックピアノで弾いた時に得られる感覚的なこと、例えばペダルを踏んだときの感触や、演奏者が弾いた時に実際に聞こえる音など、本当にいろいろと細かいところまでお話ししたのですが、それを詳細に数値化する現場を目の当たりにしました。感覚を数値化するということに実は自分も非常に賛成で、感覚だけではベヒシュタインのピアノの感触を正確に再現することは難しく、どうしてもアバウトな部分が出てきてしまいます。それを具体的な数値に着目し、そこから詰めていくことで、アコースティックピアノの音や弾いた感覚を浮かび上がらせていく。アコースティックの楽器に近づく手段としての数値化、それもカシオさんのような精密な数値化にピアノの新たな未来を見た思いでした。
また、GHの開発に当たり、あのベヒシュタインの音色に着目したことは非常に興味深いですし、とても素晴らしいことだと感じています。ベヒシュタインは本当に職人気質のピアノで、それはなぜかというと、カシオさん同様にピアノづくりがとても細やかで精密なんですね。ベヒシュタイン、スタインウェイ、ベーゼンドルファーは世界三大ピアノと呼ばれていますが、その中でもベヒシュタインというのはキャラクターが強く、音づくりに対するこだわりが非常に細かい。その点で、精密機器の技術をベースに楽器づくりを行っているカシオさんとは相性が良く、コラボする相手として最適なのではないでしょうか。両メーカーの出会いが、デジタルピアノの音色であるとか、あるいはピアノならではのニュアンスといったものを、アコースティックピアノにより近づけていく推進力になるのではないかと感じています。
GHの音づくりを高く評価されているそうですね。
GHの音は、ベヒシュタイン同様に明るくて透明感があると思います。音が明るいことによって、いろいろなくぐもった音色も出せたりするので、また演奏の幅が広がります。
逆に、くぐもった音が主体になっているピアノが明るい音を出すというのは難しいというか不可能なんです。ですから、音が明るいというのはやはりピアノという楽器の基本にあるべきで、GHの音色はそうした点において素晴らしく、音もしっかりとつくり込まれているなと感じます。
さらに、カシオさんのリアリティーを追求する姿勢は、単に音だけではなく、楽器の発するノイズもそのまま電子ピアノに乗せるということにまで及んでいて、それにはちょっと驚かされましたね。どちらかというとノイズは排除するっていう考え方が普通だと思うのですが、むしろしっかりと音に組み込むことにより、これまでのデジタルピアノには無いリアリティーを生み出している。
そうした柔軟な発想力と先入観なく挑む姿勢にはとても好感が持てます。
例えば、鍵盤の“カタリ"という音や、ペダルを踏んだときの“シャン"という音、あるいはピアノの中で響いている音など、GHの奏でる音色にある種の豊かさを加味しています。そんなところも、GHのスペシャルな魅力の一つかなと思っています。
カシオ電子楽器の今後への期待についてお聞かせください。
アコースティックピアノの演奏感の数値化や、ピアノ開発におけるベヒシュタインとのコラボなど、非常に精密かつ興味深いアプローチで楽器開発に向かい合い、真摯に対峙することでそのこだわりをカタチにしてきたカシオさんだからこそ、これまでに蓄積した技術やノウハウの量はやはりかなりのものがあると思います。そうした実績を今後もさらに積み上げていく過程で、より細かい領域、より細かい再現性をさらに突き詰めて、究極の電子楽器を創造する可能性は充分にあると思いますし、個人的にはそこまで辿り着いてほしいと思っています。今後も大いに期待しています。
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桐朋学園大学を首席卒業。その後、ミュンヘン国立音楽大学においてゲルハルト・オピッツのもとでさらなる研鑚を積む。1987年日本音楽コンクール第2位。92年ミュンヘン交響楽団との共演でデビュー、大成功をおさめる。国内では95年に正式にデビュー、翌96年にはCDデビューを果たし、一躍注目を集めた。以来、日本を代表するピアニストとして第一線で活躍、数多くのレーベルから30タイトル以上のCD及びDVDを国内外でリリース、その内容はソロ、協奏曲、室内楽と多岐に渡る。