iXA音源

PCMとタッチレスポンス、
DSPエフェクトを掛け合わせた新世代音源の誕生

1993年、カシオは『CTK-1000』という、iXA音源を搭載したこれまでにない画期的なシンセサイザーを発売しました。iXA音源とはリアルなアコースティック楽器の音も出せるPCM音源と、鍵盤を弾く強さにより音色が劇的に変化する音源、そして当時シンセサイザーに標準搭載されつつあったDSPエフェクトを組み合わせたというもの。

このCTK-1000にはタッチレスポンス鍵盤を搭載するとともに、電子キーボードの世界ではまだ珍しかった、リバーブ、ディレイ、コーラスなどのエフェクトをかけられるDSPを備えるなど、当時の最先端を行くシステムでした。そんなiXA音源はどのような経緯で開発されたのか、背景について紹介していきましょう。 

1980年代後半から1990年代にかけて、電子キーボードの音源システムは、波形を合成する方式から、あらかじめ自然楽器などの音をサンプリングしたPCM音源へとシフトしていきました。とくにアコースティック楽器を再現するためには、PCM音源がもっともリアルであり、かつ合理的でしたから、それが当然の流れだったのです。そうした中、とくにピアノは鍵盤を弾く強さによって、音量や音色の変化が求められるようになっていきました。もっとも電子ピアノにおいては、すでにタッチレスポンスが搭載されていたのですが、シンセサイザーの世界では、まだベロシティー非対応なものも少なくない状況。それが時代の進化とともにベロシティーに対応するタッチレスポンス型が一般化していったのです。

PCM音源はリアルなアコースティック楽器の音が手軽に出せるというメリットがある一方、タッチレスポンス鍵盤との相性は、決していいものではありませんでした。タッチレスポンス鍵盤を活かすためには、グランドピアノのように、鍵盤を押す強さによって音量はもちろん、音色も劇的に変化してほしい。ところがPCM音源は、あらかじめサンプリングされた音を再生する方式なので、音色変化は、デジタルフィルタの特性を変化させることに頼る方法しかなく、その変化は地味。鍵盤を押す強さによって、異なるサンプリング音を再生させる、ベロシティースプリットという方法もありましたが、サンプリングされた波形の切り替わり目を目立たなくする必要があることやメモリサイズが2倍3倍必要となるという問題がありました。

そこで、リアルなアコースティック楽器の音が出せるPCM音源と、鍵盤を弾く強さによって音色が劇的に変化する音源を組み合わせるという方法をカシオは考案したのです。さらに当時キーボードやシンセサイザーに搭載されつつあったDSPエフェクトも組み合わせた音源として開発したのが、iXA音源でした。iXAとはIntegrated X Sound Architectureの略。2種類の音源(PCM、非線形音源)とDSPを相互に作用させるという意味が込められています。

楽器的な音色変化のセオリーとしては、音が弱いときは倍音成分が少ないサイン波に近い波形であり、音が強いときは倍音成分が豊かな波形であることが自然です。アナログシンセサイザーもこの原則にしたがうことを基本にしています。こうした音源設計をすることによって、鍵盤を弱く弾くとサイン波に近い音、強く弾くと倍音が豊かな音が出るので、感覚的にもとても弾きやすい楽器となるのです。そうした考え方の元、新音源システムであるiXA音源においても劇的な音色変化を得るための独自の非線形変調音源を備えたのです。PCM音源に加えて当時は電子キーボードの世界では珍しかった、リバーブをはじめ、ディレイ、コーラス、フランジャー、ディストーションなどの複数種類のエフェクトをかけられるDSPを備えました。さらに音源を制御するマイクロコンピューターまでをワンパッケージに収めたカスタムLSIの音源システムを開発し、これを実現したのです。

iXA音源の心臓部は、ほかの音源システムと同様に、乗算器です。乗算器は回路規模が大きいため、たったひとつの乗算器を、いかにたくさん働かせるかがシステム設計の勘所でした。そのため乗算器の入出力には、四方八方から多種多様な信号線が引き回されています。iXA音源に搭載された非線形変調音源は、iPD音源にも搭載されていましたが、iXA音源に搭載したものは、まったく新規に開発されたもので、FM音源に近い波形変化を作ることができましたが、その仕組み、つまり波形演算アルゴリズムは異なっていました。音のニュアンスとしては、FM音源は基音付近のスペクトルの変化に特徴があり、ギターやベースなどの撥弦楽器が得意な音源だと感じましたが、iXA音源の非線形変調音源は、変調を深くすると、低次から高次までの倍音が滑らかに発生するという特徴があったため、ストリングスやブラスの音が作りやすかったことと、アタック部分にだけPCM音源を使って変調を加えることにより、アコースティックとデジタルの中間的な音を作れるという特徴がありました。

このようにして開発されたiXA音源は、1993年に発売されたCTK-1000に搭載されました。カシオのキーボードの型番は、楽器事業参入以来、CTと名付けられてきましたが、このモデルからCTKと名付けられるようになりました。CTK-1000は、iXA音源の特長であるシンセサイザー的な音作りが可能で、細かいパラメータまではユーザーに公開していませんでしたが、MIDIシステムエクスクルーシブメッセージを使って、社内用に開発したエディタープログラムから制御することができました。10種類のDSPエフェクトをパネルボタンからワンタッチで呼び出せる という特徴に加え、パターンプログラム、マルチトラックメモリ(シーケンサー)、MIDIマルチティンバー音源機能を備えており、今日のワークステーション的な仕上がりとなったのです。

この音源を使用した楽器例

CTK-1000(1993年)