iPD音源

VZ-1に搭載された
直感的な音作りを可能にした音源

1984年にPD音源を搭載したCZ-101を発売したカシオは、リリースとほぼ同時にPD音源をさらに発展させた新たなデジタルシンセサイザー音源の研究開発を開始していました。その結果、誕生したのがiPD音源です。iPD音源は入力波形に対してサイン波などの波形テーブルを通すことで波形変化を実現していく方式で、過激な音は作りにくかったものの、波形変化が規則的で予測しやすく直感的な音作りを可能にした画期的なシステムでした。実際、そのiPD音源がどのように開発されたのか、その背景について紹介していきましょう。

アナログシンセ的な音作りを可能にしたPD音源は、アナログシンセを知っている人であれば手軽に扱える楽器でしたが、時代はデジタルならではの音を求めるようになってきていました。実際、他社から発売されたFM音源が搭載されたシンセサイザーは、倍音が豊かで華やかな音で、ポピュラー音楽のアレンジにも広く使われていったのです。
そうした中、ある意味FM音源対抗としてカシオが打ち出したのがiPD音源だったのです。このiPD音源では、波形変化を得る方法として、今日ではウェーブシェーパーと呼ばれる、入力波形に対して、サイン波などの波形テーブルを通すことで実現していました。そのためiPD音源では波形変化が規則的であり、予測しやすい波形変化で、直感的に音作りができました。ただ、世の中が求めるデジタルならではサウンドを出すためにはもう一工夫が必要です。

そこで登場したのが8基の音源回路で1音色を構成するという複雑化です。iPD音源の特徴は、8基のDCOを組み合わせていることにあります。その各々が、元となる波形として、PDでお馴染みのサイン波の位相を変化させて得られた鋸歯状波や矩形波、ノイズを使うことができたため、分厚い音を作ることが得意となったのです。当時はまだ、DSPエフェクトが搭載されていない時代であったにも関わらず、エフェクター無しでも使える、オケに馴染みやすい音が出せたのが高く評価されました。

音色データのプログラミングも比較的直感的に行えたのも、VZ-1搭載のiPD音源ならではのことです。ちなみに音源名のiPDはInteractive Phase Distortionの略。音作りの勘所は8つのDCOを独立制御して得られる分厚い音にありました。

8基のモジュールを使ってシンセサイズするiPD音源は、ミックス、フェイズ、リングモジュレーションなどを使って自由に組み合わせることにより、音作りを、その基本構成の段階から行うことを可能にしていました。つまりイメージしたサウンドにもっとも適した方法を最大648通りの組み合わせの中から選ぶことができたのです。実際には直感的な音作りが可能なのですが、こうした膨大な組み合わせがあったことから、難しいものと誤解された面があったのは、ちょっと残念な点ではありました。

ちなみにVZ-1には、当時はまだ珍しかったフルドット液晶を搭載したのも特徴でした。これによって、エンベロープ形状や音源モジュールの接続図、キーフォロー形状、タッチカーブ、LFOの波形がグラフィックで表示できるようになっていたのです。フルドット液晶は高価でしたが、ここには自社の関数のグラフを表示させる関数電卓の技術が応用されていたというのも、カシオならではの点です。

今でこそ、シンセサイザーの山のようなパラメータと格闘して音を作ってやろう、という強者は少数派になったと思いますが、iPD音源にはユーザー自ら音作りをしてもらいたい、という思いがあり、少しでも直感的に音作りができるよう、グラフィック表示にも力を入れていたのです。当時コンピュータの世界でもGUIが一般化しつつあったころだったので、 その要素も参考にしています。 たとえば、エンベロープの形状を拡大表示したときに、全体形状のうちどの箇所を拡大しているのかをスクロールバーのような表示で行わせるなどがありました。

このiPD音源は1988年に発売されたキーボードタイプのデジタルシンセサイザーであるVZ-1と、ラックマウントタイプのVZ-8MおよびVZ-10M、そしてギターシンセサイザーのPG-380にも搭載され、さらにこの系統は、後に2012年に発売されたシンセサイザーXW-P1のへクスレイヤー機能へ受け継がれていきました。また現行のカシオトーン、CT-S1CT-S500CT-S1000VにはCZやVZの代表的な音色が、CASIO CLASSIC TONESとして搭載されておりますので、機会があれば体験してみてください。

この音源を使用した楽器例

VZ-1(1988年)