ピアニストが羽ばたくところ ~音楽のためのホールを探して~

第2回

しいきアルゲリッチハウス

(大分県別府市)

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2015年春、大分に誕生した新しい音楽との出会いの場所、
「しいきアルゲリッチハウス」を訪ねました。

アルゲリッチハウスの魅力はまずその造りにありました。小さいながら開放感があり、壁面に大分産の杉を使っているため、入ると心地よい木の香りに包まれます。音響の設計は、サントリーホールなどを手がけた永田音響設計。残響は1.7秒と、現代的な響きに仕上がっていて、その音響の良さは、サロンのどこで喋っても声が鮮明に聞こえるところからも想像できます。そしてこれらの個性は、隅々までシャープで、パッショネイトな演奏スタイルを持ち、限りない音楽への夢を併せ持つアルゲリッチの考え方に合わせて作られました。
このサロンは、全体が舞台というコンセプトに基づき、演奏者と観客が同じフロア上にあり、一人ひとりの顔が見える位置で演奏できるよう考えられました。150人の客席は移動でき、催しにあわせてそれぞれの世界観が作り出せます。そして、演奏される楽器がサロンのどこに配置されても、美しい余裕のある響きが広がるよう、天井を9mの高さにして、容積を大きくとりました。また、特徴的な大分杉の壁面は、対向する面に平行な部分を一切作らず、少しづつ「ずらして」設計されています。

「音楽家自身が、聴衆と双方向で高めあい、より音楽を究められるコンサートを」その想いにアルゲリッチが共鳴しました。

アルゲリッチハウス副理事長であり、長くヨーロッパで活躍した
ピアニスト伊藤京子さんにお伺いしました。

「アルゲリッチとは、出会いから39年が経ちましたが、この建物が建ったとき、日本に自分の家ができたと喜び、サロンの真ん中にずっと座っていました。150人のお客様を招く彼女の大きな家です」「ピアノは繊細な楽器で、環境で大きく変わってきます。このハウス自体も完成して間がありません。ですのでこれから時間をかけてピアノも建物も熟成させていかなければと考えています。建物が湿度や温度、季節に慣れて落ち着くと、ピアノもサロンに馴染んで成長すると思います。その〈響き〉をいまから楽しみにしています」「まだ建物が若いので、アルゲリッチがラベルのガスパールの練習を止めて〝少しだけ響きすぎると言い出したことがありました」「どうするのかと見ていましたら、カシオのセルヴィアーノ グランド ハイブリッドを練習室に運んで弾き始め、〝素晴らしい音、こっちの方がいいわと練習を再開したのです。その後は部屋に籠もってずっと弾き続けていました」「アルゲリッチが喜んで弾いたということは、カシオのセルヴィアーノ グランド ハイブリッドが生の音に近いだけでなく、ひとつの楽器としてジャンルを確立したからなんでしょうね」

「私たちは、ここで〈サロン文化〉を根付かせていきたいと考えています。色々なジャンルの人々が訪れ、出会い、音楽に限らず、様々な芸術、文化を発信し、深く知り、それらを自分の耳で、眼で、感じ取っていけるような、そんな豊かな可能性にあふれた空間にしたいのです。また、次世代を担う子供たちの豊かな心を育んでいく。そのための教育プログラムとして、アルゲリッチを始め、趣旨に賛同する一流の音楽家たちによる〈ピノキオコンサート〉を通して、心を育み、人として生き方を考える、ひとつのきっかけになって欲しいと思っています」「私たちが未来へ残せるものを、大分のアルゲリッチハウスから発信し、22年の歴史を持つ、別府アルゲリッチ音楽祭とともに活動できることは地方創生にも繋がることで、私はもとより、アルゲリッチの大きな誇りでもあります」アルゲリッチハウス、それは音楽を通して人間の可能性を育てていくサロンというだけでなく、建物自体が楽器であり、見るもの、聞くもの、触れるものすべてで人の心震わせる、まさに「音楽の結晶」でした。

アルゲリッチハウスに入ってホワイエの正面を見ると大きな木が茂っているかのような、9種類の木のモザイクで作られた壁が見えます。これは「出会いの樹」と呼ばれていて、“100年後の未来へ向けて”という言葉が添えられています。真ん中には緑色でアルゲリッチのサインが。その周りを音楽家たちのサインが取り囲んでいます。音楽を通して、未来を育てていこうという意思を表現したもので、これからサインは増え続け明日へと繋がっていきます。

アルゲリッチハウスには、カシオからCELVIANO Grand Hybridが贈られています。
アルゲリッチが練習に弾いたのはもちろん、副理事長でピアニストの伊藤京子さんにも弾いて頂きました。その時に驚かれたのが、ヨーロッパの伝統的な3つのピアノの音が、それぞれしっかり出ていること。「ピアニストにとって、いろいろと練習できる楽器があるというのは、素晴らしいことで、演奏する側とするととても興味深いものがあります」とのことでした。

DATA

2015年、5月オープン。アルゲリッチ芸術振興財団の名誉理事 椎木正和氏からアルゲリッチを顕彰し贈られた音楽ホール。150人収容。ステージと客席を分けず、ひとつのフロアにレイアウトすることで、自由な音楽空間をつくることができます。天井高は9m。大分産の杉板で13.5m四方の壁を囲んであり、サロンのどの場所にいても、最適な反射音が得られるよう天井や壁同士が平行にならないよう、少しずつ角度を「ずらして」作られた複雑な構造です。将来的にはレコーディングができるよう整え、クラシック音楽の殿堂として知的創造空間を目指す、コンパクトなサロンです。

− しいきアルゲリッチハウス 〒874-0903 大分県別府市野口原3030-1 TEL.0977-27-2299 FAX.0977-27-2301http://www.argerich-mf.jp

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